博物館 |
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壁博物館 チェックポイントチャーリーハウス
1961年8月13日のべるイン封鎖当時の市内の様子や、
東側から逃げたルートや、手段が写真で紹介されている。
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壁博物館 チェックポイントチャーリーハウス
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飛行機の展示
これで100km飛んで、西側に逃亡 |
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壁博物館前に止まる、日本語ガイド付きの観光バスに乗り、市内を観光をした。町が大きいので2時間かかったが、イヤホンガイドの説明を聞きながら、町の様子や歴史がよくわかった。
ホテルの近くでバスを降りて、ホテルの側のクリスマスマーケットの屋台で、昼食をとった。 |
循環の市内観光バス
イヤホンで日本語ガイド有
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バスの中から
ドイツ鉄道 ベルリン中央駅
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バスの中から
ドイツ連邦議会議事堂 |
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バスの中から
わずかに残る壁 |
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バスの中から
テレビ塔 |
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博物館 |
観光バスに乗って、博物館島で降りて、「ペルガモン博物館」に行った。古代ギリシアのペルガモン(現トルコ、ベルガマBergama)で発掘された「ゼウスの大祭壇」(紀元前180〜159年)が、高さ9.66mで再建されている。「ミレトスの市場門」や、古代バビロニアの「イシュタール門」、「行列通り」(紀元前560年頃)の遺跡が転移されている。オーディガイドを聞きながら見学するので、分かりやすい。オーディオガイドの貸出係の男性が日本語で、「一のボタンを押してください」と、説明してくれた。遺跡のスケールの大きさや、美しさに感動する。
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ペルガモン博物館
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ペルガモン祭壇の大フリーズの部分 |

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ペルガモン祭壇
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バビロンのイシュタル門 |

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ミレトスの市場門 |

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2階に展示されてるイスラムの遺跡 |
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エピソード |
「タクシーの運転手達」 |
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タクシーはベンツがほとんど |
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ベルリンでは、3回タクシーに乗った。空港の行き返りの運転手は若く、真面目でとても好感が持てた。
空港からホテルまでの運転手は、黒人の若い男性だ。どこから来たか、 ベルリンは初めてか、 何日の滞在か、 などと聞かれた。ラジオでは、英語のニュースが流れていた。正面に大きな塔が見えたので、「あれは何?」と聞くと、「戦争で勝利した記念に建てられた塔で、昔はここは西ベルリンだったけど、今はベルリンの中心になるところです」と、説明してくれた。車から見える、ドイツ連邦議会議事堂、ブランデンブルク門、ユダヤ人犠牲者記念塔などの説明もしてくれた。「ホテルは、旧東ベルリンの繁華街にあって、歩いて観光にいける距離なので、地図を見ながら周れますよ」と、おしえてくれた。料金は18ユーロだったが、「説明をありがとう」と言いながら20ユーロ渡すと、はにかんだ笑顔をみせた。
ホテルから絵画館までのタクシーは、ホテルの前で順番待ちをしていた。30代ぐらいの白人男性だ。行ってくれるか聞いてみると、断りたそうだったが、しかたがないから乗ってくれという感じだった。絵画館に着くと、「あれ」と示して見せた。メーターは6ユーロだったが、7ユーロ渡すと、お礼も言わず受け取った。
ホテルから空港までの運転手は、トルコ系の若い男性だった。朝から元気に挨拶して、荷物を積んでくれた。ラジオで、クラシック音楽放送がかかっていた。「空港のターミナルは分かりますか?
全部で4つあるので」と、聞かれた。予約確認表にターミナル1と書いてあったが、はっきりしなかった。「何時のどこ行きの便ですか?」と聞いたので、「9時25分のフランクフルト行き」と、答えた。空港のターミナル手前で、電光掲示板が有り、その前に車を寄せて、便を探してターミナルと、搭乗口の確認をした。この空港はそれぞれの搭乗口の側に、チェックインカウンターがある。車を、搭乗口に一番近い入口前に止めてくれた。19ユーロだったので、21ユーロ渡すと、「ダンケ・シェーン」と言い、にこやかに受け取った。
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